薬物依存症とはどんな病気?drug addiction
どんな病気?
薬物依存症とは、ある薬物を使うことが他の何よりも優先される状態を言います。また、「薬物」と聞くと覚せい剤や大麻など違法な薬物、一時期、爆発的に流行した危険ドラッグなどを想像しがちですが、実際には医師から処方される薬や、市販されている薬に依存してしまう場合もあります。
特徴
薬物を使うパターンには、魅力的な効果(気持ちいい、落ち着く、やせるなど)を期待する場合と、薬物が切れたときの不快感(気分が落ち込む、体がだるいなど)を避けるために使う場合とがあります。前者の場合は、薬物の使い始めに見られやすく、後者は体が薬漬けになった場合によく見られます。
どちらの場合も、薬物の効果を期待しての行動です。動物実験の結果、依存行動は人間に限らず生じることがわかっています。そして、依存行動密接に関係する部位が脳にあることが解ってきました。
具体的には脳の奥の部分にある、大脳辺縁系に存在する、脳内報酬系と言われています。薬物に対する強い渇望や、使用欲求などの激しい情動の変化は脳の変化に強く影響されています。
依存症は心の問題だけではありません。脳に薬物が働いて起こる病気なのです。
下の図で簡単に説明します。
脳内報酬系は脳の奥にあり、本能をつかさどる部位の近くにあります。人間の場合普段は、理性をつかさどる大脳でコントロールされています。
依存性のある薬物は脳内報酬系に直接作用します。薬物の使用を続けると、もはや理性では抑えられなくなります。
断薬すると、薬物に対する強い欲求が生じたり、離脱症状で苦しんだりします。そのため、ふたたび薬物を使用しようと努力することになります。
理性では抑えられない依存状態から脱するには、まず、薬物に対する欲求が生じても、断薬できる環境を作ることです。治療初期には医療機関が、後期には医療機関での治療に加えて家族の力、自助グループやデイケアへの参加、そして規則正しい生活などが当てはまります。
様々な薬物
問題になる薬物は多くありますが、ここでは覚せい剤、大麻、有機溶剤(シンナー)、処方薬、その他の5つに分けて説明します。
①覚せい剤
覚せい剤で問題になるのは、依存の強さと精神症状の出現です。覚せい剤を使うと、気分が上がったり、疲れがとれたり、集中力がつく感じがします。
この効果は個人差もあり、初めから感じる人もいれば、逆に初めは不快に感じる人など様々です。
しかし、最初に不快を感じても数回使用するうちに快感に変わり、やめられなくなる場合が多いのです。
精神病状態は使ってすぐに出現し消えていくもの(急性症状)と数週間、数カ月、ときには数年続くもの(後遺症)とがあります。後遺症には幻覚妄想が続くものや不安感、激しい気分の移り変わりなどいろいろあります。
また、後遺症のひとつにフラッシュバックがあります。これは断薬しているのに、薬物を使用していた頃と同じ症状が不眠やストレスなどをきっかけに出現することです。
似た症状は飲酒や他の薬物を使用したときにも起こるときがあります。
また、血圧の上昇や急性心不全など体そのものへの強い影響もあります。急性症状や後遺症は医療機関で治療を行う以外ありません。それでも後遺症の場合、症状が慢性化・固定化されるまで放置されてしまうと、完璧に治すのが難しい場合もあります。
②大麻
大麻はタバコのように紙に巻いて煙を吸ったり、パイプのようなものを使って煙を吸うなどの方法で使用されています。
大麻の作用は、浮遊感、幻覚などの感覚の変化です。
使用者の間では、他の薬物に比べて安全と思われているようですが、実際は、幻覚、妄想などの後遺症を残すこともあります。
日本では麻薬に指定されているので、厳重に処罰されます。
③有機溶剤
有機溶剤は、代表的なものにシンナー、ボンドがあります。
有機溶剤も強い依存を作る点では覚せい剤と同じです。しかし、急性作用は、むしろアルコールに似た酩酊(酔っ払った)状態を作ります。また、幻覚、妄想が出現することがあります。
長期間使用すると、後遺症を強く残し、幻覚、妄想などの精神病状態が長く続きます。脳にも影響は強く、脳は委縮し、記憶力の減退、抑うつ状態などが生じることがあります。
また、有機溶剤自体の害はもちろんですが、他の薬物使用への入り口になる場合が多く、この点でも要注意の薬物と考えられています。
④処方薬・市販薬
医師から処方された薬や、市販されている薬でも依存が起こる場合がります。抗不安薬や睡眠薬、咳止め薬などが代表です。
多量に服用し気持ちよさを感じることもありますが、この依存の多くは不快な感情や辛さから逃れるために、多量に摂取する場合が多いことが特徴です。
依存が進行すると、病院を転々とし処方薬を大量に入手したり、違法な手段で薬を手に入れようとします。
⑤その他違法薬物
危険ドラッグ
一般に覚せい剤や大麻などの違法薬物とよく似た成分を含む薬物を指します。乾燥木片に化学物質を混ぜたいわゆる「脱法ハーブ」のほか、粉末・液体状のものが「バスソルト」「アロマリキッド」などの名称で流通しています。
化学成分は覚せい剤に似たカチノン系(興奮系)と大麻に似た合成カンナビノイド系(鎮静系)に分けられますが、従来の違法薬物と同等かそれ以上の催眠・興奮・幻覚作用などを引き起こす成分を含み、治療法の確立していない薬物も多いため、違法薬物以上に「危険」という指摘もあります。
違法薬物と化学構造の一部が異なっていることから薬事法の指定薬物の取り締まり対象から外れ、その脱法性から一時爆発的に流通しました。しかし現在は法整備と取り締まりの強化により、以前ほどの流行は見られなくなりました。
MDMA・LSD
MDMAはエクスタシーとも呼ばれ、その作用は幻覚・興奮状態になどです。
錠剤の形をしており簡単に服用しやすく、特に若者の使用者が多いことが特徴です。
MDMAの作用が切れるとひどい倦怠感や不安感に襲われたり、長期に使用を続けると錯乱状態に陥る場合もあります。また、肝臓や心臓の機能不全など体への影響もみられます。
LSDは幻覚剤に分類され、使用すると幻覚、幻聴など強烈な幻覚作用が出現します。その内容は、周りの影響にも作用されやすく、決して使用者に対して『楽しい』と思わせるわけではありません。
非常に怖い幻覚を体験したり、長期に乱用すると精神症状として残留してしまいます。
また、止めている場合にもフラッシュバックが起き、使用している時のような幻覚に襲われる場合もあります。
MDMA、LSDは違法薬物に指定されており、厳重に処罰されます。
治療について
治療の段階
- 1.導入機
- 治療に入るまでの過程です。この時期に、本人ならびに家族に、このままだと状況が悪くなるばかりであること、依存症が病気であり、治療可能なものであることを知ってもらいます。
- 2.脱慣期
- この時期に中毒症状の治療と今後断薬を続けていくための教育を行います。
- 3.断薬継続期
- 通院や自助グループの活動を通じて、実生活での断薬継続を試みます。
当院では、薬物依存症の患者様は、入院期間3ヵ月としています。これは、上記の脱慣期に当たります。また、再入院の半分は、退院後6ヶ月以内に集中すると言われています。
退院し間もない時期は、薬物を再使用する可能性が特に高い時期です。そのためにも、退院してしばらくは、外来への通院を続けた方が良いでしょう。主治医に相談することによって、再使用の危険に対する乗り越え方を学んだり、精神症状の再発を防ぐことができます。
通院だけではなく、規則正しい生活も大切となります。この点は、自助グループやデイケアなどを活用し、日中の時間帯を有意義に過ごせるようスケジュールに組み込むことも大切です。また、回復していく仲間と自助グループやデイケアで出会い、仲間と支えあい過ごすことは、生活をより豊かなものにするためにも大切なことです。
ご家族の方へ
薬物依存症の治療にあたっては、ご家族や周囲の方達の協力が不可欠です。
しかし、どう対応すればいいのかわからないという御相談をよく聞きます。
そこで、目安となるような対応とその方法を記しました。
A、本人に対する家族の対応の原則
- 本人に対する脅し、監視的・干渉的対応をしない
- その場逃れの対応、あいまいな態度をやめる
- 不始末の尻拭いをせず、本人に年齢相応の責任を負わせる
- 性急な問題解決では無く、数年先を見据えた行動を検討する
- 病院など関係機関との連絡を密にして、家族だけで対応しないようにする
B、そのための方法
- 家族が自分自身の考え方、感じ方に注目する
- 自分で受け入れられる限度を設定して、それを守る
- 自分の必要とすることや希望を話すことから始める
- 自分自身と他人(患者や他の家族など)を信頼する
最後に
依存症は病気です。「やめられない」だけではなく、薬物の使用を続けていくうちに、本人はもちろん、周りの家族、友人、仕事関係など多岐にわたって影響していきます。体だけではなく、心も、社会的な部分も壊れていくのです。
そして、依存症は、薬物を止めていても、再び使用すれば再発します。完治はしないのです。
しかし、回復することはできます。それは、「薬物を止め続けていく」を基本に、依存症になる前よりも、よりよい生活、人生を獲得していくことです。
そのため、患者様ご本人はもちろん、ご家族も正しい知識を持って病気と向かい合うことが大切になっていきます。医療機関や自助グループなどの援助を受け、依存症と向かい合う準備をし、回復への道を歩むことが薬物依存症の治療なのです。